2026.05.30

いなみね冷やしもの店|糸満で白熊と家庭の味を30年守る店主の話

白熊のアップ。フルーツで作られた表情が間近で見える。ふわふわの氷の質感と、さくらんぼの鼻、みかんの目

目次

いなみね冷やしもの店の前で笑顔を見せる、店主の稲嶺さん
『家庭の味』を基本に30年以上、お店を守り続けてきた店主の稲嶺さん

沖縄県糸満市の住宅街に建つ、いなみね冷やしもの店の外観。白い建物に爽やかな水色の看板が掲げられている

糸満の住宅街に、いなみね冷やしもの店はある。観光客向けの看板も派手な装飾もない。住宅に囲まれた静かな通り沿いに、その店はただ建っている。

カウンターの奥で、稲嶺さんがかき氷を削っている。フルーツを一つずつ手に取り、白熊の顔を作っていく。目の位置、口の角度、眉毛の上がり方。5人いれば5人とも違う表情になる。マニュアルはない。そのときの手の気分で、顔が決まる。

練乳シロップの配合は企業秘密で、金時豆は半日以上かけて炊く。白熊も、食事も、この店の味は先代の代から数えて30年以上変わっていない。

これは口コミサイトでは伝わらない。糸満で30年、同じ味を守り続けてきた一人の店主の話だ。


なぜ白熊の顔はひとつひとつ違うのか——学生の一言から始まった遊び心

みかんやチェリー、パイナップルなどのフルーツでユーモラスな顔が作られた白熊のかき氷のアップ写真
学生の一言から始まった顔づくり。注文するたびに違う顔が出てくる、遊び心が詰まった一品

いなみね冷やしもの店の白熊を見たことがあるだろうか。フルーツで作られた目、鼻、口。怒っている顔もあれば、笑っている顔もあり、わざとブサイクに仕上げた顔もある。注文するたびに違う顔が出てくる。

でも最初から顔があったわけではない。

「最初はただ氷の上にフルーツを乗せていただけだったんです」

白熊というメニュー名は、先代から受け継いだものだ。練乳をかけたかき氷に金時豆とフルーツを盛るスタイルは何十年も前から続いていたが、顔はない。顔のないかき氷だった。

きっかけは、ある学生の一言。「顔を作ってみたらどうですか?」。20〜30年ほど前、以前の店舗で営業していた頃のことだ。稲嶺さんはその提案を受け入れ、フルーツで表情をつけてみた。手間はかかるが、お客さんの反応がまったく違った。

もしあの一言がなかったら、今の白熊に顔はない。稲嶺さん自身がそう認めている。

5人いれば5人とも違う表情——マニュアルなしの即興アート

綺麗に拭かれた黒いトレーに並んで置かれた2つの白熊のかき氷。片方はチェリーの鼻、もう片方はみかんの口元になっており、それぞれ別の表情をしている

白熊の表情には、マニュアルがない。

「お客さんが2人いれば2人とも違う顔にします。そうすると受け取った時の喜びが全然違いますから」

わざとブサイクにしてみたり、眉毛をつり上げたり口元を変えたりする。5人で来たら5人全員が「自分のが一番可愛い」と言い合う。その光景が稲嶺さんの作り甲斐になっている。

表情を決めるのはレシピではなく、そのときの遊び心やテンションだ。即興で生まれる一期一会の顔だから、テーブルに届いた瞬間の喜びがある。

ハプニングもある。「一旦作ったら、上唇が落ちたりすることもあるんです」。でも稲嶺さんはそれすら楽しんでいて、崩れた表情もその白熊だけの個性になるからだと笑う。

白熊のバリエーションは練乳ベースの「白熊」だけではない。金時シロップやストロベリー、メロンなど、練乳を使わないメニューもある。フルーツで作る表情はどれも同じように付けてくれる。価格は大800円、小700円。

糸満のかき氷「白熊」を支える3つの職人技

店内でインタビューに笑顔で答える、店主の稲嶺さん

白熊の魅力は顔だけではない。「飽きずに最後まで食べられる」と言われる理由は、金時豆、練乳シロップ、氷という3つの要素に、マニュアル化できない技術が詰まっているからだ。

半日以上かけて炊く金時豆——経験だけが見極める仕上がりの瞬間

いなみね冷やしもの店の金時豆は、半日以上かけて炊く。柔らかすぎれば形が崩れ、硬すぎれば食感が悪い。ちょうどいい瞬間を見極めるのは、長年の経験だけだ。

「常に鍋を見ながら炊いています。マニュアルはなく、作る人の経験とスキルです」

レシピに書ける数値ではない。「今だ」という瞬間は、火の前に立ち続けた年月が教えてくれる。仕入れにもこだわりはあるが、稲嶺さんが「一番は煮るところ」と言い切るように、金時豆の味を決めるのは炊き上げの技術だ。

企業秘密の練乳シロップ——「飽きずに食べられる」甘さの正体

練乳シロップの配合を聞くと、稲嶺さんは笑った。「企業秘密です」。創業から変わらないこのシロップは、市販の練乳とはまったく違う。

「甘いものをずっと食べていると飽きがくると思うんですが、うちのは飽きずに食べられる工夫をしています」

口当たりがよく、しつこくない。最後のひと口まで手が止まらない。先代からの教えは「シロップをたっぷりかけること。ケチらないで」。量を惜しまず、でも飽きさせない。その両立に何十年もの時間がかかっている。

氷の硬さで刃を調整する——ふわふわ食感をつくる技術

氷の削り方にも、感覚の世界がある。

「氷の状態によって硬い時や柔らかい時があるので、刃の位置を調整しています。あまり細かくても粗くてもいけない」

その日の氷の硬さを手で読み取り、ちょうどいい粗さに削る。糸満市でかき氷を食べ慣れた人でも、いなみね冷やしもの店のふわふわ感には気づくはずだ。

鹿児島の白熊とどう違う?——糸満だけの味わいを整理する

「白熊」と聞いて鹿児島を思い浮かべる人もいるかもしれない。鹿児島の白熊は、練乳をかけた氷にフルーツや小豆をのせるスタイルが一般的だ。いなみねの白熊は何が違うのか。

まず豆が違う。鹿児島は小豆が主流だが、沖縄は金時豆だ。半日以上炊いたふっくらした金時豆は、小豆とはまったく違うほくほくした甘さがある。次に練乳シロップの配合。市販品ではなく創業から変わらない自家製で、甘くても最後まで飽きがこない独特の口当たりに仕上げている。そして何より表情だ。「5人いれば5人とも違う顔」を即興で作り分けるスタイルは、この店だけのものだ。

稲嶺さん自身は鹿児島の白熊を食べたことがないが、両方を食べたお客さんからは違いを感じるという声があるそうだ。

沖縄の冷やしものに金時豆を使うのは昔からの文化で、今も広く受け継がれている。稲嶺さんにとっても、子どもの頃から糸満の冷やしものは「夏の決まりもの」だった。家族や友達と一緒に食べに行く、生活の一部に近い存在。特別なものではなく、当たり前にそこにあるもの。その「当たり前」を、先代の代から数えて30年以上、味を守り続けてきた。


「家庭の味を壊さない」——いなみね冷やしもの店が30年守る味の哲学

店内の壁にずらりと並んだ手書きの短冊メニュー。『白熊』『金時』などの冷やしものから食事メニューが並ぶ

いなみね冷やしもの店の味を一言で表すなら、「家庭の味」だと稲嶺さんは言う。

「家庭の味にこだわって、家庭の味を壊さないようにしています」

店の味付けを押しつけない。これが稲嶺さんの基本姿勢だ。先代から受け継いだ教えもある。白熊に関しては「シロップをたっぷりかけること。ケチらないで」。そして「提供するときも器をきれいに拭いて、ベタベタしないように見た目も良くしてお出しする」。味だけではなく、出し方にも気を配る。言われてみれば当たり前のことだけれど、それを30年続けているのは当たり前ではない。

この感覚を稲嶺さんと一緒に支えているのが、30〜40年勤めているスタッフだ。以前の店の時代から味を知り尽くしていて、すべてをこなせる。味の方向性で意見が食い違うことはほとんどないという。「この人が言うならまあ」と、お互いに信頼がある。稲嶺さんは「大きいです」と、その存在の重さを短い言葉で表した。

新しいメニューの提案がスタッフから出ることもあるが、今あるメニューで手一杯なのが正直なところだ。材料の管理も増えるし、無理に広げる必要はない。

「あまり失敗するようなものは作りません。家庭で出している味を基本にしていますから」

奇をてらわない。冒険しない。今あるものを、今のまま続ける。それが稲嶺さんの店の哲学だ。

お客さんの体調や好みに合わせる——押しつけない味づくり

「家庭の味」は、みんなに同じ味を出すという意味ではない。むしろ逆だ。

いなみね冷やしもの店には、お年寄りや食事制限がある方も来る。血圧が高い若い人もいれば、肉類が食べられない人もいる。そういうお客さんから「味を薄くできますか」「ポークを抜いてもらえますか」と声がかかることがある。稲嶺さんはそれに応じる。

「お客さんの要望に合わせて味を薄くしたり、好みに合わせたりすることですね」

沖縄の定食にはだいたいポークと肉が入っている。どちらもダメな人にはどちらも抜く。中身を変えてほしいと言われれば、何を抜くのか聞いて対応する。メニューにはないけれど、目の前のお客さんに合わせる柔軟さがある。

これは「カスタマイズ対応」というよりも、家で家族に出す食事に近い感覚だと思う。家族の体調や好みに合わせて味を変えるのは、家庭では普通のことだ。稲嶺さんはそれを、店でもやっている。

白熊だけじゃない——ゴーヤーチャンプルーと季節の一皿

いなみね冷やしもの店は「冷やしもの専門店」という名前だが、食事メニューの実力も高い。

県外リピーターが毎年通うゴーヤーチャンプルーの理由

強い火力で炒められたゴーヤー、豆腐、ポークがたっぷりのゴーヤーチャンプルー定食。ご飯とミニ沖縄そばが付いている
強い火力で水分を飛ばすのが美味しさの秘密。県外から毎年通うお客さんもいる一品

ゴーヤーチャンプルーを毎年食べに来る県外のお客さんがいる。

「ここの野菜は食べる」。そう言ってもらえるのが嬉しいと稲嶺さんは話す。家庭で作るゴーヤーチャンプルーとの違いは火力だ。店は火力が強いから水分が飛ぶ。家庭ではどうしても同じようにはいかない。作り方を聞かれることもあるし、大まかには教えるけれど、やっぱり火力が違うから味が変わる。

かき氷の店だと思って来た人が、ゴーヤーチャンプルーを食べて驚く。そういう意外性も、いなみね冷やしもの店のメニューにはある。

ヘチマ味噌煮にホットぜんざい——季節の食材で変わるいなみねの一皿

ゴーヤーは昔、夏場だけの食材だった。でも今は品種改良やハウス栽培のおかげでほぼ年中手に入る。ヘチマやナーベーラーも同じだ。だからいなみね冷やしもの店では、メニュー表にあるものは基本的にいつでも注文できる。

冬場は冷たいものの注文が減るので、食事がメインになる。ホットぜんざいを出すこともある。金時豆を温めて提供する、冬ならではの一品だ。白熊は通年で注文できるが、冬場に頼む人は少ない。それでも常に用意はしている。

「メニューを増やすというよりは、今あるものを継続していく感じです」


高校生だった常連が、母になって子どもを連れてくる——親子3代の記憶

店内のコルクボードに飾られた、古い新聞の切り抜きや雑誌の記事。長い間お店が愛されてきた歴史を感じさせる
お店とお客さんがともに紡いできた『時間の痕跡』が、店のあちこちに静かに残されている

店の壁に、一枚の写真が貼ってある。「新聞しみん」というコーナーで紹介された写真だ。

写っているのは、以前の店に高校生の頃から通っていた女性たち。その写真を、大人になった本人が子どもを連れて来店し、「これ、私なんです」と指差した。稲嶺さんは本人に言われるまで気づかなかった。

「探してきてくれたっていうことが嬉しかったですね」

名前が変わり場所が変わっても、この店を見つけて来てくれた。「ロータリーのところにいた時に、学校帰りに食べに来てたんだよ」と懐かしそうに話してくれるお客さんもいる。何組もそういう人たちがいた。

壁には他にも、俳優や女優が来店した時の写真が残っている。以前の店の時代から使い続けている道具やお皿もある。割れない限りは使えるから。そういう「時間の痕跡」が、店のあちこちに静かに残っている。

糸満で有名な食べ物といえば——地元に根づく名物「白熊」の存在感

糸満で有名な食べ物は何かと聞かれたら、地元の人は白熊を挙げるかもしれない。糸満市の名物として、いなみね冷やしもの店の白熊は定着している。

でも稲嶺さんにとって、白熊は「名物」というよりも日常の延長にあるものだ。子どもの頃から糸満の冷やしものは夏になれば食べるものだった。家族と、友達と。特別なイベントではなく、生活の一部として。

白熊が広まった理由を聞くと、稲嶺さんはこう答えた。

「味がしつこくなくて、口当たりがいいからじゃないかしらね。あんまりしつこい甘さだとすぐ飽きが来るじゃない。だから飽きのこないような味付けになってるから」

味の工夫と、ひとつひとつ違う表情と、お客さんへの気遣い。それが重なって、人が人を連れてくるようになった。糸満の名物になったのは、誰かが仕掛けたからではなく、食べた人が口コミで自然と広めていったからだ。

「地元をもっと盛り上げたい」——店主が語る糸満への想い

地元の子どもたちが書いた『いなみねひやしものやさんへ』という手作りポスター。かき氷の絵や感謝のメッセージが貼られている
地元の子どもたちにも愛される。地域に深く根付き、生活の一部となっている

那覇や北谷ではなく、糸満でやっている理由はシンプルだ。自分が生まれ育った場所だから。遠くへ行こうとは思わない。固定のお客さんもついている。

「糸満の方は知名度が少し低いので、もう少し盛り上げて知名度が広がればいいなとは思っています」

地元のお年寄りから高校生や中学生まで、いろんな人が来る。まずはこの人たちを大切にしたいという気持ちが、稲嶺さんの根っこにある。でもそれは県外から来る人を拒んでいるわけではない。夏場は県外からのお客さんが楽しみにして来てくれるし、それに応えないといけないとも話していた。

お店を続けていきたい理由を聞いたときも、地元を盛り上げたいという話と一緒に「お客さんとここで会話することも楽しいし」という言葉が出てきた。

店を続ける理由は、大きなビジョンではない。お客さんと話すのが楽しいこと。感想を言ってもらえること。地元が少しでも知られること。その積み重ねで、今日も店を開けている。


「美味しかった、でいい」——稲嶺さんとお客さんの距離のこと

お店の入り口でお客さんを見送る、割烹着姿の稲嶺さん。ガラス扉越しに笑顔で手を振っている

取材の最後に、稲嶺さんに聞いた。「もしこの記事を読んで来店するお客さんがいたら、話しかけても大丈夫ですか?」

「もちろん大丈夫です」

即答だった。

「食べた後の感想を『美味しかった』でいいので、言ってもらえるのが一番いいですね」

美味しかったと言われれば嬉しいし、作る側の励みにもなる。何も言わずにお皿を全部きれいに食べてくれるのも、それはそれで嬉しい。完食してくれたということは美味しかったということだから。稲嶺さんはそう笑った。

初めてのお客さんが料理を注文すると、稲嶺さんは味の説明をする。ゴーヤーならゴーヤーの、ヘチマならヘチマの、豆腐チャンプルーなら豆腐チャンプルーの説明。聞かれれば答えるし、わからなそうな顔をしていればこちらから声をかける。

「もし明日地球が終わるとしたら、最後にこの店で何を食べたいですか?」。取材の中でそんな質問もしてみた。

「やっぱり白熊は食べたいかな。他では食べられない味ですから」

自分の店の白熊を、自分が最後に食べたいと言った。それは自信というよりも、30年間ずっとそばにあったものへの素朴な愛着に聞こえた。

創業当時の自分に声をかけるなら何を伝えたいかと聞くと、「とてもよく頑張ってきたね」と答えた。忙しくても一生懸命、味を落とさずにやってきた。後悔はない。自分なりに頑張ったという気持ちだと。

いなみね冷やしもの店は、そういう人が作っている店だ。

糸満に来ることがあれば、白熊の顔を見に足を運んでみてもいいかもしれない。


いなみね冷やしもの店|メニュー・アクセス・駐車場まとめ

いなみね冷やしもの店のメニューと写真——白熊・ぜんざい・食事

いなみね冷やしもの店のメニューは大きく分けて、冷やしもの(白熊系)、ぜんざい系、食事メニューの3つだ。

白熊は練乳ベースのかき氷にフルーツと金時豆を盛り付けたもので、大800円、小700円。金時シロップやストロベリー、メロンなど、練乳を使わないメニューもあり、フルーツで作る表情はどれも同じように付けてくれる。

ぜんざいは大体のメニューに金時豆が入っていて、使っている豆は金時豆一択だ。チョコパフェやバナナスプリット、アイスクリームなど一部のメニューには入っていない。

食事メニューの詳細と価格は、以下のメニュー表写真を参照。

なお、店内でお召し上がりのお客様(中学生以上)は、お一人様一品以上の注文が必要。白熊を含む冷やしものも同様で、中学生以上の方同士でのシェアはできない。

営業時間・定休日・支払い方法

  • 営業時間:11:00〜18:00
  • 定休日:火曜日
  • 支払い方法:現金のみ
  • 電話番号:098-995-0418
  • 座席数:約25〜30席(テーブル6卓+座敷2卓)
  • テイクアウト:食事メニューのみ対応(冷やしものは不可)
  • 禁煙

いなみね冷やしもの店へのアクセスと駐車場

▼ 店舗の場所

店舗から20〜30mほど離れた場所に専用駐車場(10台以上)がある。

▼ 専用駐車場

いなみね冷やしもの店の専用駐車場を示す立て看板。『P』のマークと矢印が描かれている

いなみね冷やしもの店のよくある質問

話しかけても大丈夫?

「もちろん大丈夫です。美味しかったでいいから言ってほしい」。稲嶺さん本人の言葉だ。初めてのメニューなら味の説明もしてくれる。

冬でも白熊は食べられる?

通年で注文できる。冬場に頼む人は少ないが、常に用意はしてある。冬は食事メニューが中心になり、ホットぜんざいを出すこともある。

写真撮影・SNS投稿はOK?

店内での写真撮影、SNSへの投稿ともにOK。

筆者:teruya

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